出雲大社の唱え詞「神語」

出雲大社の唱え詞「神語」


 

幸魂奇魂守給幸給(さきみたま くしみたま まもりたまひ さきはへたまへ)

 この言葉は天照大御神の第二の御子で、大国主大神の祭祀をなされた天穂日命より出雲国造家に伝えられた神語で、第八十代出雲国造千家尊福公は「神拝の前後には勿論、常にも唱えて神護を仰ぐべきなり。」と言われた大変ありがたい唱え言葉です。

 幸魂奇魂については、神話に出てきます。まず古事記をみますと、

『古事記』
 (大国主大神と一緒に国造りをなされた少名毘古那神が常世国に渡ってしまわれて、)そこで大国主神は嘆かれて「私独りでどうやってこの国を作ることができるだろうか。どの神と一緒にこの国をよく作っていけるだろうか」と仰せられた。その時海を照らして来られる神があった。その神が言われるには「よく私を祀ったなら、私と共に国を作ろう。もしそうでなければ国造りは難しいだろう。」と仰った。そこで大国主神が言われるには「それでは、どのようにお祀りしたらよいだろうか」と聞かれると「私を大和の周囲を青垣のように巡っている山の東に祀りなさい。」と答えられた。これは御諸山(みもろのやま)の上にいらっしゃる神である。


 同じ話ですが、日本書紀ではもっと詳しく書かれています。

『日本書紀』
 (少彦名神が常世国に渡ってしまわれて、)これより後、国の中でまだできていないところは、大己貴神(大国主大神)が独りで巡ってよく国造りされた。ついに出雲国に至って言葉に出されて言われた「葦原中国(日本の国のこと)は元々荒れていた。岩や草木に至るまでことごとに暴れていた。しかし、私は既にくじいて皆従わないものはない。」そして、「今この国を治めるのは私独りだけだ。私と共に天下を治める者はいるだろうか。」と言われた。
 その時、不思議な光が海を照らし、突然浮かび上がってきたものがあった。そして、「もし私がいなければ、汝はどうやってこの国を平らげることができただろうか。私の存在があったから、汝は国造りの大きな功績をあげることができたのだ。」と言われた。この時に大己貴神は「それでは汝は誰だ。」と聞かれた。それに答えて「私は汝の幸魂奇魂だ。」と言われた。大己貴神は「そうだ。了解した、汝は私の幸魂奇魂だ。今どこに住みたいと思うか。」と聞かれると、「私は大和の三諸山に住みたいと思う。」と言われた。そこに宮を作っていって住まわれた。これが大三輪の神である。

 つまり、大神さまがこの日本の国造りを成し遂げられたのは、幸魂奇魂のお助けがあったからこそである、ということです。尊福公は、世の中で功業を成し遂げるにはこの神蹟に習い幸魂奇魂の神護を蒙ることが重要であり、誠を尽くして常に唱えれば、現世のご加護のみならず、幽冥での永遠の幸福をも得るとして、この神語を広められました。
 大神さまに神習い、また神の御心に叶う暮らしをするならば、大神さまから必ず幸魂奇魂のお力を頂くことができるでしょう。心をこめて唱えましょう。

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