神道と脳死・臓器移植について

神道と脳死・臓器移植について

  人間何をもって「死」とすべきか、どの時点で「死」となるのか、というのは実はなかなか難しい話です。しばらく次の三つの徴候をもって死と判断していました、「呼吸の停止」、「心拍の停止」。「瞳孔の拡大」です。
脳の機能が完全に壊れると、呼吸ができなくなり、呼吸ができなくなると心臓も止まりますので、やがて死を迎えます。しかし、医療技術の発達によって人工呼吸器が誕生し、これをつけると、脳は壊れても呼吸ができ、心臓も動き続けるという状況が生まれました。脳死ということです。

 ただ、考えてみると、いくら人工呼吸器をつけたとしても二百年とか生きられるわけではなく、遅かれ早かれ死ぬわけですから、大きな問題には至らない話で終わるはずですが、しかし、ここで一つの要望が入ってきました。臓器移植です。
臓器移植のためには生きている人の臓器でないといけない、ということが多く、そのために脳死を死と判定して、臓器移植を可能とするべきだ、という意見が主に医師から起こりはじめました。どのみち脳死状態から復活することはないし、臓器を他の病人に移植することによって、今重病の人を救うことができる、という考えです。

 宗教界、神道界の見解

  先ほど「生きている人の臓器」という表現を使いましたが、まさにここが問題の核心で、脳死状態の人を生きている人だとすると、その臓器を取った瞬間に殺すことになってしまい、医師が訴えられてしまいます。そこで移植推進の人たちは「脳死は一律に死と判定する」という法律を制定すべく、政治家を巻き込んで猛烈な運動を開始します。そして、平成9年にいわゆる臓器移植法が可決されます。これはまず衆議院で「脳死は一律に死と見なす」という法案で可決されたのですが、参議院で議論され「臓器移植を行う場合のみ脳死を死と見なす」という法案に修正されて可決され、それが衆議院に回されて、その修正案で可決した、という珍しい立法の経緯をたどっています。そして、少しも移植が増えないため、平成21年に修正の法案が可決され施行されています。

 結局は脳死を人の死と見なすのか、いいかえれば脳死状態の人間は死体とみなすのか、ということですが、日本の宗教界の反応は基本的には脳死を死と見なすことに否定的な意見が大勢です。教派神道連合会、全日本仏教会、日本キリスト教連合会、神社本庁、新日本宗教団体連合会の五団体からなる日本宗教連盟は、臓器移植法改正問題に対する意見書というものを出しています。

日本宗教連盟 臓器移植法改正問題に対する意見書

 この意見書では、臓器移植について慎重に行うように求めています。仏教界、キリスト教界の最も大きな団体が加わっていますし、神道でも大半の神社を包括している神社本庁と、13の神道系宗教団体が加盟する教派神道連合会が共に意見書に加わっていますので、神道界の総意と見て間違いないでしょう。

 神道と脳死、臓器移植について

  脳死をもって死とするのはなぜよくないと思うのか、その理由を神道的に考えてみます。これはあくまでも筆者個人の意見とお考えください。
 まず、人間の命は神から与えられたものであり、また先祖から受け継いだものだから、最後まで大切に生きるべきではないか、という考え方です。体も頂いたものですから、それを臓器だけ道具のようにひょいひょいと取り出して扱うのには違和感があります。

 それから、筆者はいつも神道は自然である、山川草木の自然だけでなく、人間社会での自然、不自然も含む、と言っていますが、脳死を死と認めることは非常に不自然に感じるのです。呼吸も心臓が止まった時点ではないか、と考える方が自然ではないでしょうか。
また、脳死状態はまだ体は温かいわけですから、そこから臓器を取るのは、本人の事前の了解があったとしても一種の自殺になってしまうのではないかと思います。

 移植推進派のウェブサイトを見ていると、臓器移植は「命のリレー」であると表現しています。しかし、神道における命のリレーとは「世代をつないでいくこと」です。子供を産み育てて、そしてこの国を良くしていき、次世代に引き渡していくこと、それが大切なのです。

 マスコミの姿勢

  欧米では臓器移植が進んでいる、というのは移植推進派がよく主張することですが、どうもキリスト教は脳死を死とすることに積極的であるようです。その点において、日本宗教連盟の意見書に日本キリスト教連合会が加わっているのは非常に興味深いところです。日本人の感覚とはやはりちょっと違うということでしょう。かといって宗教者が一枚岩だと言うわけではなく、個人レベルでは仏教僧侶やキリスト教聖職者の中に移植賛成の人もいるようです。
 ただ、現在の日本では神仏基いずれの宗教も大衆に対しての影響力をほとんどもっていません。結局はみんながどう思っているか、つまり世間の大勢に従うという漠然としたものになりがちです。

 その世間に対する影響力という点では、現在でもテレビ、新聞といったマスコミの力は絶大なものがあります。昭和の中頃、脳死の移植が初めて行われた頃は、マスコミも激しく医師側を非難したようです。しかし、最近は脳死の臓器移植を肯定的に扱う報道がほとんどのようです。筆者は産経新聞を購読していますが、保守派といわれる産経新聞でさえ、肯定的な報道を行っています。理由はよくわかりませんが、綺麗事を言わないといけないという建前論と、日本のインテリに通弊する、信念無き科学合理性信仰にあるのではないかと推測しています。
 国民一人一人は漠然と考えているところに、マスコミの報道が肯定的に流れすぎると、いずれ脳死を死と認めない人間はひどい人間だ、と扱われかねません。非常に心配しています。

 神道と脳死、臓器移植について

  神道では古事記、日本書紀といった神典を読むことを重視します。その中に弟橘媛(オトタチバナヒメ)の物語があります。景行天皇の御代、その皇子日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は父帝の命によって日本の各地の賊を討伐されていました。その途中、相模の国から上総の国、今の神奈川県から千葉県へ渡ろうとされた時、海神の仕業によって海が荒れて、船が進みません。その時、尊のお后の一人である弟橘媛が「私が皇子に代わって海に入ります。皇子は任務を果たし、天皇にご報告ください」と言い残して、海に飛び込みます。すると海は収まって、船が進むことができました。そして七日後海岸にヒメの櫛だけが流れ着いた、という話です。

 自己犠牲という美しい話です。しかし、これはあくまでも非常の時、と考えなければなりません。移植推進派が持って行きたい脳死を一律に死とするというのは、非常ではなくて日常にしてしまうということです。
 神風特攻隊も似たような美しい話ではありますが、あれもあくまでも非常です。当時でも作戦の外道だ、という批判がありました。普通に行われることではないのです。普通でないからこそ、なおさらその犠牲が痛ましくかつ崇高であるのですし、また起こって欲しくないことであるのです。

 遺体に思い入れのある日本人

  世の中は優しい人が多いですから、臓器移植で人が助かると聞くと、「つまらない自分の体で人を救えるのなら、臓器移植して欲しい」と考える人も少なくありません。しかし、周りの人の事も考えてあげてほしいと思います。
 若い人の臓器がなるべく欲しいわけですから、対象になるのは死ぬことが少ない若い世代です。となると、主に急な病気や事故が原因となります。身近な家族が脳死になったと考えてみましょう。入院した、容態が悪化したと突然、連絡が入ります。最近まで、あるいは今朝まで思っても見なかったことでした。病院に駆けつけるとその人が治療室に横たわっていて呼吸器が取り付けられています。脳死ですと医師から告げられますが、ただ眠っているように見えます。血も流れていますから、体も温かい状態です。
 ここで、医師から臓器移植をして欲しいとの猛烈な説得が始まります。臓器移植法の改正によって、本人の意思が確認できなくても、家族の同意があれば臓器移植可能となったためです。ここで「はい」と言ってしまうと、すぐにたくさん医者がやってきて、冷却剤が注入され心臓は止まります。そして、使える臓器は全部持って行ってしまいます。使えない部分だけ残った抜け殻となった遺体を渡されて、葬儀を行う、ということなります。

 日本人には遺体に対する特別な思いがあるのを感じます。出雲大社/出雲大社教はお葬式を熱心にしますので、私も斎主として奉仕することがあります。御霊移しの儀において、霊魂は霊璽(れいじ、仏教で言えば位牌)にお移しします。すると遺体には霊はいないということになりますが、それがわかっていても、どうしても遺体に対して話しかけるということになります。火葬の瞬間まで、遺体に対して葬儀を行う感覚になるのです。
 そのように遺体に思い入れがあるわけですから、抜け殻のような遺体を受け取って、葬儀を行ってしまうと、終わった後も「これで本当によかったのかなあ」と思ってしまう、これまた自然なことでしょう。

 何が死なのか、個人が考えることが必要な時代に

  人間の死をどの時点で認めるべきなのか、個人それぞれが考えなければならなくなりました。呼吸が止まり、心臓が止まる、その時点にすべきではないのか、それが自然ではないのかと私は考えます。
 この臓器移植では自分があげる方で考えがちですが、自分の家族が脳死になることも考えなくてはなりませんし、反対に自分がもらう方、あるいは自分の家族がもらう方になるかもしれない、とも考えなくてはなりません。
 日本人の平均寿命が80歳を越えるようになりました。しかし、それでも若いうちに亡くなる人もいれば、子供のうちに亡くなる人もいます。悲しいことですが、そういうことがある世界に私たちは住んでいます。それを認めなければなりませんし、まただからこそ、私たちは一日一日大切に生きなければならない、そう思うのです。

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<このページの筆者>
 中島隆広 : 出雲大社紫野教会、教会長
昭和46年京都府生まれ。名古屋大学経済学部卒業、会社員の後、パソコン部品のインターネット通販の会社を起業して経営する。会社売却の後、國學院大學神道學専攻科に入学し、神主となる。
・ツイッター@nkjm_tkhr

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