神意を伺う祈りと「おみくじ」

神意を伺う祈りと「おみくじ」

 『神道要語集』(國學院大學)によると、祈りには実は二種類あるとのことです。一つは「祈願的な祈り」であり、もう一つは「神意を伺う祈り」です。
「祈願的な祈り」は今も日常、神社において行われていますが、神に除災招福、加護を願う祈りです。
 もう一つの「神意を伺う祈り」とは何らかの物事について、神意を聞くという意味の祈りです。これは昔から行われていました。例えば、日本書紀によると第十代崇神天皇の御代に、国に疫病が流行り、民が多く死ぬという状況になります。そこで天皇は八十万の神々に占いをしてお伺いをされた。すると大物主神から自分を祀るようにとのお告げがあり、その通りに祀ったが状況は変わらず、天皇は再度潔斎して、なぜ変わらないのか教えて下さいと祈られます。

 「天皇、乃ち沐浴斎戒して、殿の内を潔浄りて、祈みて曰さく」

と、原文では「祈」という字が使われています。
そうして祈られたところ、天皇のその夜の夢に大物主神が現れて、私の子の大田田根子を祭主として祀るならば、平穏になるだろう、とお告げされた、というお話です。

 また、平安時代、桓武天皇が亡くなられた時の話ですが、続日本紀では、以下のような記述があります。

 「本日、太陽は赤く陽光は薄く、大井、比叡、小野、栗栖野などの山地で火災が発生し、煙や灰が充満し、京内は日中でも薄暗くなってしまった。皇太子が桓武天皇の山陵地が賀茂神社に近いので、神が災火を起こしているのではないかと考え、占ってみると、そのとおり神の祟りと出た。皇太子は「はじめ山陵の地を卜ったとき、筮竹による卜いの結果は可であったが、亀卜のほうは不可と出ていた。このため災異がしきりに起こっているのである。慎まなければいけない」と言い、みずから除災を祈願したところ、火災はたちどころに消滅した。」

 皇太子(平城天皇)は、災いの原因を知るためと、山陵の位置が良いのか悪いのかについて神意を伺われた、ということになります。

 もっと時代が下がりますが、神意を伺うもので最も有名なものは、室町幕府六代将軍を決めた際の話です。五代将軍足利義量は嗣子を残さず早世します。父の四代足利義持は次の後継者を決めず、結局くじ引きで決めることになりました。義持の弟四人から将軍を選ぶために石清水八幡宮でくじ引きを行い、その結果足利義教が六代将軍に決まったのです。

 現在でも神意を伺っているものがあります。それはおみくじです。神社のおみくじが今のような形態になったのはそう古いことでなく、明治時代以降のことだそうですが、基本的な卜占(ぼくせん)としての行為は変わっていないと思われます。
出雲大社のおみくじには「大吉」や「小吉」といった吉凶判断はありません。(内容は良いものと悪いものとあるようですが)一般のおみくじにも大抵ついている「判断」の項目は、出雲大社のものは
 通信、土木、結婚、病気、移転、失物、売買、方位、旅行
について、良い悪いの判断が記されています。

 最近は各神社でいろんな種類のおみくじが出されています。神社独特なものや、かわいいものもあったりしますので、神社巡りなどすると、一日で気軽にいくつも引いてしまったりします。これは決して悪いことではありませんが、もし真剣に神意を伺う、という場合はいくつも引いてはいけません。
 どうしたらよいか、本当に神の判断を仰ぎたい場合は、身を清め心を浄めてから、真剣にお祈りし、おみくじを引いて下さい。そして、最も大切なことは、結果には必ず従うということです。ですから、自分の心中では八割方決まっているが、少し引っ掛かることがあるので、誰かに一押ししてほしい、というような気持ちで引いてはいけません。逆の結果が出た場合、余計に混乱してしまいます。
いずれにしろ、神意には必ず従うという「神への全面的な信頼、信服」が必要なのです。

トップページに戻る > 読み物一覧のページに戻る > このページの一番上に戻る
 


<このページの筆者>
 中島隆広 : 出雲大社紫野教会、教会長
昭和46年京都府生まれ。名古屋大学経済学部卒業、会社員の後、パソコン部品のインターネット通販の会社を起業して経営する。会社売却の後、國學院大學神道學専攻科に入学し、神主となる。

★教会長中島の本が出ました!
 日本人が伝えてきた心、そして生き方を、神道、神さまの話を中心としつつ、語った本です。相当な時間を掛けて作り上げました。ぜひ一度お読みください。

↑ PAGE TOP