惟神(かんながら)という言葉について

惟神(かんながら)

 惟神という言葉があります。漢字では随神や神惟なども使われます。
 読み方は「かんながら」が一般的ですが、かむながら、かみながらという読みもあります。 日本書記の第三十六代孝徳天皇の詔(みことのり)に始めて登場します。

「惟神(惟神は神道(かみのみち)に随(したが)ふを謂(い)ふ。亦(また)自(おの)づからに神道有るを謂ふ。)も我が子治らさむと故(こと)寄させき。」

  天つ神の御意志のよって皇孫にこの国を治めされるとおっしゃられた、という文です。
 惟神の意味は上記にある「神の道にしたがうこと」「自然と神の道があること」に加えて、「神そのままにて」「神におはするままに」「神意のまま行うこと」など多数ありますが、かっちりと意味が決められているわけではありません。
 惟神は昔から神道家の中ではよく用いられてきた言葉でした。その理由の一つは「かんながら」という言葉の語感がとてもいいからでしょう。さらに、いろんな意味があるので使える範囲が広いということです。例えば、神道(神道)の別の表現として「惟神の道」「惟神の大道」という言葉を使う人も出てきました。
 意味はよくわからないところもありますが、何かひきつけられるものがある、それが惟神(かんながら)という言葉なのです。

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