由庭稲穂の神勅とは

由庭稲穂の神勅

 日本の神道において、「天壌無窮の神勅」「宝鏡奉殿の神勅」「由庭稲穂の神勅」は三大神勅と言われています。
 その最後は「由庭稲穂(ゆにわのいなほ)の神勅」です。 これは「宝鏡奉殿の神勅」の続きの文章となっています。日本書紀における記述です。

 また勅して曰(のはま)はく「吾が高天原に所御(きこしめ)す斎庭(ゆにわ)の穂(いなのほ)を以て、また吾が児に御(まか)せまつるべし」

 またおっしゃられたのは「高天原で育てられている神聖な稲穂を我が子に与えます。」
 という意味です。

 その稲穂を撒いて地上で稲作をしなさい、ということですが、高天原でも稲を育てているのが日本の神話らしいところです。地上で行われている事は天上でも行われているのです。

 また、それほど稲が珍重されていたという事を意味します。 麦や粟など穀物は他にもたくさんありますが、その中でも稲だけが特別に神聖視されたのは、おいしいという事もありますが、面積あたりの収穫量が特に大きい、ということでしょう。日本の歴史を見ると、ずっと米の収穫量=田んぼの面積=養える人口でした。
 これが変わったのは数十年くらい前の話です。米も商品の一つになりましたから、無理矢理作っても余るだけになります。減反などの農業政策は難しい問題となっています。稲作については、日本人は新時代に突入したということでしょう。

神道を学ぶへ > 次のページへ

↑ PAGE TOP